昨年から開始した本エッセイも無事に年を越しました。本年もよろしくお願いします。
2023年の最初のキーワードは「スパコンとスマホ」です。スパコンはスーパーコンピュータで、読者の皆様にも、スパコン富岳による飛沫のシミュレーション*1や2009年の事業仕分けの対象となったスパコン京(けい)などのニュースで、お目に留まっていると思います。一方のスマホはスマートフォンで、スマホがないと買い物もできないし、電車にも乗れないという生活をされている読者も多くおられると推測します。
いつもイラストを使用する「いらすとや」でもスパコンは図1のグレーの筐体が並んだ味気ないものが1枚あるだけです。一方、スマホは本エッセイでも何度も使っていますが、画面だけでなく図2のような使用場面など多くのイラストがあります。このように、全くサイズも使い方も異なるもの同士が、違っているけど似ているところがあるのです。何が似ているかが情報の罠です。
スマホはスパコン:計算速度とプロセッサ
読者は驚かれるでしょうが、皆さんは20年落ちのスパコンをスマホとして使っておられるのです。計算速度では20年前のスパコンと同等で、直近のスパコンと同様のプロセッサを使っているのが、今のスマホです。
筆者が文部科学省委員として関係のあったスパコン京(2011年)は1ペタFLOPS*2、スパコン富岳(2021年)は442ペタFLOPSです。
図3を見てください。図3は去からの代表的なスパコン25台の演算速度と、スマホ2台(Apple iPhone6 とiPhone14)の演算速度をプロットしたものです。スマホの方は通信速度のデータはあるのですが、ここでは簡単に見つかった2機種を掲載しています。
スパコンの2021年の値は富岳のもの、スマホの最新は2022 年発売のApple社 iPhone14です。iPhone14は17テラFLOPSで、富岳はその26000倍の演算速度、当然のことながら圧倒的な速さです。しかし、富岳もiPhone14 もARM社製プロセッサを使っている点が共通しています。ARMプロセッサは低消費電力を目的としてスマホ等のモバイル機器で使われてきましたが、スパコンの富岳にも低消費電力と使い勝手という観点で採用されました。多くのコンピュータ技術がスパコンからワークステーション、PCという流れで汎用化してきましたが、消費電力低減という観点から、低消費電力プロセッサが、モバイルからスパコンへとこれまでとは逆方向に展開したのです。
2014年に発売されたApple iPhone6の演算速度は15ギガFlopsです。これはその25年前の1989年当時、世界最高速であったと言われている(株)アンリツ社QCDPAXの14ギガFLOPSに相当します。2022 年発売のスマホApple iPhone14は17テラFLOPSで、20年前の2002年に運用が開始されたスパコンNEC地球シミュレータ(第一世代)の35テラFLOPSに相当します。そう、今のスマホはちょっと古いけどARMを使っているスパコンなのです。
そして、図3からわかるように、スマホの計算速度の進歩は、スパコンの計算速度の進歩より早いのです。このまま伸展すれば、図3の近似線が交わる2050年あたりではスパコンとスマホの計算速度が等しくなるかもしれません。
次回はスパコンとスマホの違っているところを紹介します。その「違っているところ」は、実は車とスマホの「似ているところ」につながります。お楽しみに。
(2023年1月)
*1:動画で見る、スパコン「富岳」による飛沫シミュレーション
https://www.youtube.com/watch?v=3zhHuNgq1yk
*2:ペタPは千兆倍、テラTは兆倍、ギガGは10億倍、メガMは百万倍、FLOPS(Floating-point Operations per second)はコンピュータの能力を示す単位の一つで、小数点以下の桁数が固定されていない数値の計算(浮動小数点演算)が1秒間に何回できるかを表わします。
筆者紹介
土井 美和子氏
国立研究開発法人情報通信研究機構 監事(非常勤)
東北大学 理事(非常勤)
奈良先端科学技術大学院大学 理事(非常勤)
株式会社三越伊勢丹ホールディングス 取締役(社外)
株式会社SUBARU 取締役(社外)
日本特殊陶業株式会社 取締役(社外)
1979年東京大学工学系修士修了。博士(学術)。同年東京芝浦電気株式会社(現㈱東芝)総合研究所(現研究開発センター)入社。博士(工学)(東京大学)。以来、東芝にて35年以上にわたり、「ヒューマンインタフェース」を専門分野とし、日本語ワープロ、機械翻訳、電子出版、CG、VR、ジェスチャインタフェース、道案内サービス、ウェアラブルコンピュータ、ネットワークロボットの研究開発に従事。