ICTおばあちゃんの四方山話-第3話

特許は身を助く

特許と言っても多くの方は自分には関係ない話と思われるかもしれません。しかし、最近では国内製鉄メーカーが自動車メーカーを特許侵害(特許を無断で使った)で訴えるなど、特許は企業経営にも重要な要素となっています。
製造業で働いていた時には、評価の軸は3P(利益performance、特許patent、論文paper)と言われて、半期に1件以上は特許を書いていました。しかし、特許が自社あるいは他社で活用されて、ライセンス料が入るという機会はわずかでした。なので金銭的に助かったという経験はありません。しかし特許で小難しい書き方に慣れていて助かった経験があります。なので、今回は特許とはどんなものか、日ごろの生活にも関係することもあるということを紹介いたします。

-特許って何?

特許は技術的なアイディアである「発明」を20年間保護し、その実施を独占できるもので、それを無断で実施された場合(権利侵害)には差し止めや損害賠償請求ができでるというものです*1。
第1図はアイディアを思いついてから特許権成立までの9ステップを示したものです。そのうち赤枠で囲った7つのステップは、発明者がなすべきものです。

第1図 アイディアから特許権成立までのステップ

-ステップ2:格式ばった(論理的な?)記述に慣れる

第1図のステップに沿って説明したいのですが、ステップ1の前に、まず特許独特の書き方に触れたく、ステップ2から始めます。
 小学校教育の作文は感想文であり、研究レポートや論文などの論理的な文章の書き方の教育を受けた覚えはありません。ましてや特許の書き方の教育を受けることはなく、企業人となって初めて特許書きに遭遇しました。これがなかなかの難敵でした。
特許はおおまかにいうと「特許名称」「要約」「請求項からなる特許請求の範囲」「明細書」から成立しています。「明細書」は特許がどのように役立つかを書くので、比較的平易な文章です。しかし、請求項は、発明の構成を最小限の要素で記すもので、特許庁は、この請求項に記載された内容に限って特許権を認めるものなので、非常に重要です。しかもその書き方は第2図に示すように非常に格式ばっていて読みづらいものです。

第2図 文書編集装置(P1842450) の特許請求項

第2図はソフトウェア特許としては初めて発明協会賞をいただいた特許請求の範囲の請求項です。この請求項は6行で1文となっており、悪文で非常に読みにくいです。が、内容としては、パソコンで文章作成するときに、図や写真などが、その内容を説明している段落の位置に追随する「アンカリング」という機能を、構成する必須の手段をすべて網羅しています。
企業にいる多くの技術者は、おそらく、特許文全文を書くことはなく、要点だけをまとめて、特許事務所の担当者に説明して、請求項や図面などを含む明細書を作成してもらうことが多いと思います。
一方、研究者は前例になる技術や特許がないので、前職では特許を作成したうえで、特許事務所の担当者と打ち合わせをし、請求項や図など、特許庁担当官に理解してもらえるまでに修正していました。

-ステップ1:新規性を追求する

論文でも特許でも、技術の内容が新規であることが重要です。論文の場合には、過去の論文を調べて、それらの研究とどこが違うかを書きます。特許では、複数の関連キーワードで論文や特許を検索する(昔は現在の特許検索システムはなく、公報の手めくりでの検索でした)のは一緒です。しかし、なんといっても特許はステップ2で説明したように大変わかりにくい請求項や図面から、自分の技術との差分を読み解かねばなりません。ただ、不思議なもので、図面をもとに請求項を読み解くということをたくさん行っているうちに、だんだんわかるようになってきました。
5年ぐらいすると、新しくプログラムや技術を考えるときに、まず請求項と構成図を書いてから、それをもとにプログラムを書き、次にそのプログラムをもとに特許を書くという手順になっていました。そして論文は、特許をもとにしているので、公知の技術との違いを、自信をもって書くことができました。また、チームで機械翻訳の仕事をしていた時には、知財部から依頼されて10名以上の連名での翻訳特許書きを請け負って、夜洗濯機でおむつを洗いながら特許を書いていました。

-ステップ3と4と6:特許も金次第

企業には特許予算というものがあり、予算がないと良いアイディアであっても出願できませんし、審査請求もできません。請求項を増やすとさらに料金は跳ね上がります。特許権が付与されたあとも毎年特許料納付が必要です。国際特許は複数国にわたることもあり、20年保持すると1千万円以上かかるともいわれました。このため企業では毎年、権利化された特許が実施されているかを見直し、一定年数経過しての実施実績がないと、特許権登録取り消しを行います。維持費もかかるので、特許で儲けるところまで行くのはなかなか難しいのです。

-ステップ7:相手の意図を読み取る

特許は書くのも大変なのですが、拒絶通知(Office Action of Rejection)への対応はもっと大変です。拒絶通知処書は、最近では、PDFで来ますが、かつては紙で来ました。外国出願特許だと、積み重ねた拒絶通知書が50 cmぐらいの高さになることが多々ありました。英語も日本語と同様に格式ばった書き方なので、まずその分量と読みにくさに圧倒されます。最初のうちは仕方がないので、審査官による拒絶通知書を読み、たくさんある引用特許を皆読んでいたので、大変時間がかかりました(今だったらPDFを翻訳ツールで日本語化できるのですが)。
しかし、何回も対応しているうちに、まず審査官が、自分の特許の内容をどのように理解して、引用文献や特許を記載しているのかを理解するのが大事と気づきました。米国の審査官の場合は、キーワードだけ見ていることが多く、応用分野が異なるなど全く筋違いのこともありました。審査官の意図を読み取り、それに合わせて引用文献や特許の必要部分を読むだけで、自分の発明内容との差異と反論のポイントがわかるようになりました。
書面のやり取りだけでは不足するときには、国内であれば直接特許庁に出向くか、海外だと海外の特許事務所に代行を委託して審査官と対面でやり取りしてもらうこともあります。第2図にあげた特許では「段落」とは何かを審査官に説明しに、虎ノ門の特許庁までうかがいました。これもよい経験でした。

第3図 特許で苦しんだけど助かった

-意外なところで活かせた経験

以上つらつら説明させていただいた特許に関する経験が実は意外なところで活かせたのです。
筆者が、住んでいるマンションの管理組合副理事長をやっていたときに、「自治会費を管理組合費から徴収している」ということで、訴えられたことがありました。年末の大掃除中に裁判所から訴状が届いたのですが、理事長は臨時総会もできないと最初からあきらめてしまいました。しかし、筆者は、裁判所からの文書も、特許文と同様だと思い読破し、まず臨時総会開催まで持ち込みました。そして、弁護士などのアドバイスもいただき、最終的には高裁で上告棄却となり結審までこぎ着けました。お陰で、憧れの東京高等裁判所にも行くという体験もできました。これまで多くの特許を書き、多くの拒絶通知に対応した経験が功を奏し、想定外の裁判にも対処できたわけです。

特許で新規性や他との違いを明らかにすることが訓練されたことは今でもいろいろ役立っています。

※1はじめてだったらここを読む~特許出願のいろは~
https://www.jpo.go.jp/system/basic/patent/index.html

(2023年11月)


筆者紹介
土井 美和子氏

国立研究開発法人情報通信研究機構 監事(非常勤)
東北大学 理事(非常勤)
奈良先端科学技術大学院大学 理事(非常勤)
株式会社三越伊勢丹ホールディングス 取締役(社外)
株式会社SUBARU 取締役(社外)
日本特殊陶業株式会社 取締役(社外)

1979年東京大学工学系修士修了。同年東京芝浦電気株式会社(現㈱東芝)総合研究所(現研究開発センター)入社。博士(工学)(東京大学)。以来、東芝にて35年以上にわたり、「ヒューマンインタフェース」を専門分野とし、日本語ワープロ、機械翻訳、電子出版、CG、VR、ジェスチャインタフェース、道案内サービス、ウェアラブルコンピュータ、ネットワークロボットの研究開発に従事。