ICTおばあちゃんの四方山話-第7話

インドでのリクルーティング その2

2024年3月4日付けの日経新聞に「インド株最高値  中国から資金シフト、国内個人もけん引」の見出しが目を引きました。
中国の投資リスクに嫌気がさした海外のファンドマネーが流入し、主要指数が最高値圏で推移しているとのことです。その資本でインド人のリクルーティングはさらに高額の給与が前提となってきていると推察します。インドではリクルーティングだけでなく、ヘルスケア市場開拓のために、農村部や病院なども訪問しました。その時の模様を紹介します。

-ヘルスケア市場開拓のための視察日程

表1 インド農村部や病院訪問(2012年2/2-2/6)

2012年2月2日から2月6日の3泊5日の農村部や病院訪問の日程です。バンガロールには欧米から直行便が多くありますが、筆者はシンガポールかバンコク経由で訪れていました。前回紹介したKrishnagii村での女性達の会合が日曜日であったので、前日の土曜日にバンガロール入りしました。
2月3日には前回も紹介したKrishnagiri村などに行きました。
2月4日はリクルートでIITボンベイ校を訪ね、その後、小学生の発明をネット販売するLokmanya Tilak Schoolを経営するNGO Loksadhanaを訪問しました。
2月5日はムンバイから200Km東にあるプネの病院を訪ね、遠隔医療のためにほしいと望むまれるバイタルデータなどを腎臓専門医にインタビューしました。その後、金型なしの物つくりをしているNGO ARTIやバスを使った移動学校を運営しているNGO DSSを訪ねました。プネからまた200Km移動して、ムンバイから帰国しました。インド国内だけで3日間、車で約600Km、飛行機で約930Kmの移動です。日本からの飛行機も合わせると、3泊5日で約27,000Km移動しました(図1)。

図1 2013年2月に訪問したインドの都市(黄色丸)

-農村部訪問

インドは日本の10倍の人口で10倍の面積なので、人口密度はほぼ同様ですが、10倍の広さは道路も電線も通信線も日本のように張り巡らすことを阻んでいます。新興国の多くの都市と同様なのは常に渋滞しているので、近距離でも1時間前の出発となります。農村は点在しており当然通信網も無線です。
村を訪問する前に、今回の会合アレンジとタミール語からヒンズー語、そして英語への翻訳などを担当するNGO v-sheshを訪問しました。彼らの案内でまず、Krishnagli村など農村部の女性達グループ単位(SHG: Self Help Group)の組織化を支援し、小売の代行なども行うNGO IVDP(Integrated Village Development project)を訪問しました。オフィスには後で紹介するソーラーランタンなどの梱包がおかれていました。政府資金を元にした福祉事業にとどまらず、収益の出るビジネスとして成立することがNGO継続の秘訣のようです。

-金型なしのものづくり

金製品の部品や外形などの枠組みを作って、そこに金属や樹脂、ゴムなどを流し込んで、同じ形を大量に作るのが、製品量産化ですが、その枠組みが金型です。この金型は高価で、元を取るには数千台規模での量産が必要となり、これが量産化のボトルネックとなります。最近では、3Dプリンタで金型なしで作成できる技術もありますが、自動車製造などでは金型は必要です。
インドでは3Dプリンタのような先進技術なしに金型不要のものづくりが行われているのを実感しました。インド農村部で出会った製品は、金型なしで作られていました。写真1と2はARTI(Appropriate Rural Technology Institute http://www.arti-india.org/)というNGOが生産販売していたソーラーランタンと料理コンロです。
ARTIは農村指導に始まり、さとうきびを使った再生エネルギーなども手掛けていました。煙が出ない料理コンロを開発し、農村部の女性が健康を害さずに料理ができるようにと開発されました。ソーラーランタンの下部は市販品のプラスチック容器で。料理コンロも市販品を利用しています。これらは上記の(IVDT)が農村部で売っていました。料理コンロはアフリカでも売られていました。
2月5日にARTIを訪問したときに、横河電機から2か月間の日程で来ている2名の研修生に出会いました。写真2の料理コンロを改造して、夜寝る時にお湯を沸かし、起床時にシャワーを浴びられるよう朝まで保温するタンク作りが研修課題で、お湯のパイプをタンクの周囲にめぐらせ保温する方式に取り組んでいました。日本であったら金型を作り、センサで計測するという発想になりますが、ここでは「パイプも市場で買ってきて、すべてありものでやるという発想が新鮮だ、発想の転換ができた」と、うれしそうに話していました。
写真3と4はd.light(http://www.dlightdesign.com/)の商品です。試作品ですが、かなり簡単な作りです。日本で設計すると、安全性確保や、他社との差異化機能などで、いつの間にか部品点数も機能も増えてしまいますが、インドでは、照明としての機能だけというミニマル設計でした。

NGO製品の例

インドの子供たち

インドの子供というと観光地で物売りや小遣いせびりを思い浮かべる方も多いと存じます。今回は、インド農村部と都市部での子供たちの様子を紹介します。
ムンバイ(昔のボンベイ)から東200㎞(車で3時間強)にプネがあります。プネは東芝のソフトウェア研修も行われていました。インドへの日本からの留学研修の4割が集中している親日都市です。建築中の高層ビルのそばには、そこで働く労働者の家族が住むスラムがあります(写真5)。建設現場に住む子供達に識字教育を行っているのがNGOのDSS(Door Step School)です。DSSはスラムのそばに内部を教室に改造したバスを派遣し、3-6歳ぐらいの子供達に、識字教育を行っています(写真6)。時には建設会社に交渉して教育場所を提供させるだけでなく、子供に教育が必要だと親の説得も行います。説得された親は幼児だけでなく乳児の子守も頼んできたりします(写真7)。さらに、年上の子供たちを学校に送迎したりしています。バス教室を訪れた私達に、子供たち(約30人)は元気に挨拶をしてくれました。建設が済むと次の建設現場に移ってしまうので、継続的な教育ができないことが現場の悩みになっていました。
プネから南西250㎞(車で6時間)にChikhalgaonの村があります。今回は遠方にあるので、実際に訪問できず、代わりにムンバイでNGO Loksadhanaのメンバ-にインタビューしました。Loksadhanaがここで経営しているのがLokmanya Tilak Schoolです。「実社会で役立つ教育をしよう」とできた学校です。10年間(小中一貫)の教育終了後のテストの合格率は通常で70%程度だそうですが、Chikhalgaonの子供たちは100%の合格率を誇っていました。パソコンの組み立ても教育し、農業以外の職につけるように訓練しているとのことでした。教育の成果で10代の頃から、子供達はヤシの実割器などを発明していました(写真8)。それらの発明をNGOが製品化してネットで販売し、利益は学校での教育へ還元されます。日本では品質管理など考えると即販売することは困難でしょうが、インドでは、子供達も小さいうちからビジネスセンスを身に付ける機会が多いようです。このような差がインドの成長に現れていると思いました。

写真5プネの建設現場のスラム
写真6 DSSバス内の教室
写真7 DSS教室の乳児
写8 ヤシの実割り器

提供
写真5、写真6、東芝社員 写真7 https://www.doorstepschool.org/pune/、写真8 https://loksadhana.org/

(2024年3月)


筆者紹介
土井 美和子氏

国立研究開発法人情報通信研究機構 監事(非常勤)
東北大学 理事(非常勤)
奈良先端科学技術大学院大学 理事(非常勤)
株式会社三越伊勢丹ホールディングス 取締役(社外)
株式会社SUBARU 取締役(社外)
日本特殊陶業株式会社 取締役(社外)

1979年東京大学工学系修士修了。同年東京芝浦電気株式会社(現㈱東芝)総合研究所(現研究開発センター)入社。博士(工学)(東京大学)。以来、東芝にて35年以上にわたり、「ヒューマンインタフェース」を専門分野とし、日本語ワープロ、機械翻訳、電子出版、CG、VR、ジェスチャインタフェース、道案内サービス、ウェアラブルコンピュータ、ネットワークロボットの研究開発に従事。