新幹線放火自殺事件と高齢者の貧困問題

「年金が少なく生活できない」という理由で、走行中の東海道新幹線で、71歳の男性が焼身自殺し、巻き添えになった乗客が死亡した事件が話題になっています。高齢者の貧困問題との関連を考えてみましょう。

自殺した林崎容疑者は、ギターなどを持って酒場などで歌う「流し」や鉄工所勤務や幼稚園の送迎バス運転手、清掃会社などを転々とし、今年の春ごろ空き缶回収の仕事を辞め、最近は、年金だけで生活していたようです。

月12万円の年金では、約4万円の家賃、光熱費と約6万円の国民健康保険料や住民税を払うと手元にはわずかしか残らないと、年金の受給額の少なさ、保険料や税金の高さに対する憤りを日頃から周囲にぶつけていたようです。「生活が苦しいので家賃を安くしてほしい」と大家に頼み、千円下げてもらったこと、「年寄りは早く死ねということか」と杉並区役所で職員に詰め寄ったこともあったと報道されています。

総務省『家計調査』で、高齢単身無職世帯(60歳以上の単身者)の家計収支をみると、2014年月平均で、消費支出約14.3万円に対し、社会保障給付約10.4万円、その他の実収入(貯蓄利子等)を合わせ実収入約10.2万円と、不足分約4.2万円となっています。
この不足分は貯金の取り崩しや親戚からの援助ないし金融機関からの借入で補われています。

図 高齢(60歳以上)単身無職世帯の家計収支(2014年)
[出所:総務省「家計調査」(2014年)] 2014年高齢単身無職世帯の家計収支

また、内閣府『平成25年度 高齢期に向けた「備え」に関する意識調査』の60~64歳(本調査の最高年齢層)では、世帯の高齢期への経済的備えの程度について、「十分だと思う」(3.6%)、「最低限度はあると思う」(35.7%)を合わせた「備えはある」とする人の割合は約4割(39.3%)に対し、「少し足りないと思う」(18.9%)、「かなり足りないと思う」(35.5%)を合わせた「足りない」とする人の割合は半数を超えています(54.4%)。

このように、多くの高齢者は、公的年金に生活を大きく依存しつつ、不足する分を、就労、貯蓄の引落し、家族等からの援助で補っています。
しかし、高齢になって働くことが難しくなったが、現役時代の勤労収入が多くなく貯蓄が少ない、そして、生活の助けを頼むことができる家族などもいない、こうした人々は、年金だけが頼りの生活になると、突然貧困層に落ちこむことになります(なお、公的年金をまったく受給していない人もいます。平成26年国民生活基本調査によると、26年7月では65歳以上で約140万人、75歳以上で約46万人と無視できない人数です)。

高齢者に軽度の仕事を提供するシルバー人材センターが全国で約1300団体あります。全国にある社会福祉協議会は、失業や減収等により生活に困窮している人に対する「生活福祉資金貸付制度」を提供しています。生活保護(杉並区の生活保護基準は14万4430円で、国民健康保険や住民税なども通常免除)もあります。
今回の場合、こうした制度の利用がなぜできなかったのでしょうか。

制度の狭間でどの施策も対応が難しかったのか、対応窓口の説明が不足していたのか、それとも、本人が生活保護申請を嫌うか、または諸制度の内容を誤解していたのか。マスコミ等による今後の詳しい解明が待たれます。
また、厚生年金に入っていた期間が短かったにせよ、35年間何らかの年金保険料を納めたにも関わらず、年金受給額は生活保護水準以下という現実が浮き彫りになりました。
公的年金水準の制度設計は、平均的高齢者像を中心にされますので、低所得高齢者の問題は年金の議論から取り残されがちです。

本事件、犯人の行為は悪らつであることは言うまでもありません。しかし、高齢者の貧困問題につき、改めて考えさせられる事件でもあります。