2016(平成28)年3月11日、年金改正法案が国会に提出されました。本法案には、公的年金制度の持続可能性を高め、将来世代の給付水準の確保を図ること等を目的に、
- 厚生年金の適用拡大
- 自営業者等国民年金第1号被保険者の産前産後期間の保険料免除
- 毎年度の年金額改定ルールの見直し
- 年金積立金管理運用独立行政法人(GRIF)の組織見直し
等幅広い改正が盛り込まれています。
1.短時間労働者への厚生年金保険・健康保険の適用拡大の促進
本改正については、501人以上の企業等においては、すでに、2016年10月からの適用(厚生年金保険および健康保険への加入)拡大が法律で義務付けられています。今回の改正案は、500人以下の企業についても、労使の合意に基づき、企業単位で短時間労働者への適用拡大を可能とするものです(国・地方公共団体は、規模にかかわらず、2016年10月から適用されます)。500人以下の企業に対する適用拡大も、501人以上の企業と同様、①週所定労働時間20時間以上(現在は、おおむね30時間以上)、②月額賃金8.8万円以上(年収106万円相当以上)、③勤務期間1年以上見込み、④学生は適用除外、の条件が適用されます。(⇒ 「従業員501人以上の企業の短時間労働者に、10月1日から厚生年金保険・健康保険が適用拡大されます」)
2.国民年金第1号被保険者の産前産後期間の保険料の免除
次世代育成支援のため、国民年金第1号被保険者(注1)の産前産後期間(注2)の保険料を免除し、免除期間においては満額の基礎年金が保障されます。厚生労働省は、今回の対象者を年間20万人程度と見込んでいます。
(注1)「国民年金第1号被保険者」は、日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の者で、会社員や公務員からなる第2号被保険者や第3号被保険者(第2号被保険者の配偶者)でない者をいいます。自営業者等が相当します。
(注2)「産前産後期間」は、出産予定日の前月(多胎妊娠の場合は3カ月前)から出産予定日の翌々月までの4か月間(同6カ月間)を指します。
3.年金額の改定ルールの見直し
公的年金制度の持続可能性を高め、将来世代の給付水準を確保するため、年金額改定に際し、以下の措置を講ずるとされています。
(1)マクロ経済スライドの見直し
マクロ経済スライド調整は、現役世代の減少と平均寿命の伸びという人口構造の変化に対応し、時間をかけて徐々に年金水準を調整(低下)させるものです。将来の保険料率(国民年金は、2017年度以降の各月分の保険料率、厚生年金は2017年9月以降の保険料率)を固定し、固定された保険料率による資金投入額に年金の給付総額が規定される現在の財政方式の下では、マクロ経済スライドを適切に発動させることが、将来世代の給付水準を確保するためには不可欠です。今回の改正案では、年金の名目額が前年度を下回らない措置を維持しつつ、賃金・物価上昇の範囲内で前年度までの未調整分も含めて調整するとしています。
(2)賃金変動が物価変動を下回る場合の年金改定ルール
現行の年金額改定ルールでは、賃金変動が物価変動を下回る場合には、給付と負担の長期的な均衡を確保するため、年金額についても賃金変動に連動して改定することになっています。しかし、この考え方は、賃金変動がマイナスになる場合には徹底されておらず、現行の改定ルールでは、物価が下落し賃金が物価よりも大きく下落した場合には、減額幅の小さい物価の減少分までの改定とされています。2004年以降、おおむねこの状況が続いたため、年金額の減少は現役世代の手取り収入の減少と比べ小さくなっており、年金水準の調整期間が長期化する要因となっています。こうした年金水準調整期間の長期化が起こることを回避し、将来世代の給付水準の確保を図るため、賃金変動が物価変動を下回る場合に、賃金変動に合わせて年金額を改定する考え方を徹底する、としています。
4.年金積立金管理運用独立行政法人(GRIF)の組織見直しと日本年金機構の国庫納付規定の整備
年金積立金管理運用独立行政法人(GRIF)は、厚生労働大臣から寄託された厚生年金と国民年金の積立金の管理・運用を担う独立行政法人です。管理されている資産規模は2015(平成27)年末時点で139兆8249億円と巨額で、長期的な観点からの安全かつ効率的な運用が求められています。同法人について、国民から一層信頼される組織体制の確立を図るため、合議制による意思決定の導入等のガバナンス改革が実施されます。また、年金積立金の安全・効率的な運用を図るため、リスク管理方法を多様化し、短期運用方法(コール資金の貸付等)が追加されます。
5.年金改革、残された課題
2013(平成25)年12月に成立した社会保障改革プログラム法では、公的年金制度に関して、①マクロ経済スライドの見直し、②短時間労働者に対する被用者保険の適用範囲の拡大、③高齢期における職業生活の多様性に応じ、一人一人の状況を踏まえた年金受給の在り方、④高所得者の年金給付の在り方及び公的年金控除を含めた年金課税の在り方の見直し、の4つの検討課題が明記されています。今回の改正では、③、④については見送りないし不十分なものになっていますが、税・社会保険による再分配の強化は急務であり、高所得者に対する年金給付の抑制や年金課税の強化等の速やかな検討が望まれます。
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